下町界隈・・・横網(よこあみ)町公園に思う

下町はかつて大きなダメージを二度も受けました。
一度目は大正12年(1923年)関東大震災、二度目は昭和20年(1945年)東京大空襲。

ここは、前回掲載の旧安田庭園と同じく国技館の近くにありますが意外と知られていないかもしれません。
東京都が当時犠牲になられた不明の方たちのために創建した慰霊施設と当時を知る資料施設があります。

東京都慰霊堂 内にて。(暗さゆえ手ブレ御免)
詳細は上のサイトに委ねますが、震災時を撮った生々しい写真が展示されています。是非、ご覧いただきたい。

CONTAX Aria, Vario-Sonnar 3,4/35-70 T*, EBX


東京大空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑。

CONTAX Aria, Vario-Sonnar 3,4/35-70 T*, EBX


関東大震災。<以下はプレートの説明より>
「東京の中でも悲惨を極めた地域の一つであった麹町区(現在の千代田区)にあった丸の内ビル玄関脇の破壊した柱」
<
                                 CONTAX Aria, Vario-Sonnar 3,4/35-70 T*, EBX

私とて戦後生まれ、当時の話は親やその上の世代からしか聞いたことはありません。
しかしながら展示されたボケた写真やブレた写真からでも真に迫るものがそこにははっきりと写っています。

建築、特に構造を目指す若い人や現役の技術者には隣接する「資料館」に是非、足を運んでいただきたい。
上の破壊されたコンクリート柱は館の隣に陳列されたものだが中に入ると資料的価値の高いものが沢山。
私が釘付けになったのは針が振り切れた地震計。その巨大なパワーに現実の恐ろしさが伝わってきます。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2008年11月29日 09:56
おはようございます。
阪神淡路の大震災を体験した者には実感を伴う写真や資料です。
震災直後の現場の空気や臭いを今でもリアルに思い出せます。
しかし、このような災害は忘れたいけど忘れてはいけないものなんですよね。
2008年11月29日 11:54
Kenclipさん、おはようございます。
仰るとおりですね、現実はこうなんだということは知らねば。
阪神淡路大震災の時は現地へ行きたかったのですが納期に追われ断念。代わりに仲間が行ってくれ数々の写真を撮ってきてくれました。北淡町の野島断層は見に行くつもりです。

この記事へのトラックバック