友達作戦

友達作戦といっても今回の震災による米軍のアレではない。
古くて新しい日本とトルコの間における命がけの救出劇の話だ・・・

夕べ、「東日本大震災支援チャリティー・MEMORIAL CONCERT」に出かけた。
見出しに、<命を懸けた救出劇 エルトゥールル号が結ぶ日本・トルコの「友情」>とある。

120年前和歌山県串本町大島沖で起きた海難、多くの犠牲者を出したトルコのエルトゥールル号。
大嵐の中乗組員を命がけで救助に当たったのは島の島民、この話は結構知られている。
しかしコチラの話はあまり知られていないようだ。詳細は私も近年TVで知った。
1980年代に起きたイランイラク戦争、その85年3月19日に発したイラク・フセイン大統領の警告。
「イラン領空を通過する飛行機は民間機であっても打ち落とす。猶予は48時間だ」
当時のイラン在留邦人は慌てた、脱出せねば・・・ところが日本政府は救援機すら出してくれない。
日本政府の対応にたまりかねた現地の日本人のリーダーがトルコ政府に救出を依頼したのだ。
すると二つ返事でオーケー(*)。そして制限時間内にトルコ航空機がイラン領空に姿を見せた。
救援機の中で涙する日本人が大勢いた、当時真っ只中にいた人はそう語る。
     ・・・・・
他にも話すべき事があるが長くなりそうなので今回はこの辺で。
トルコの人は120年前に起きた救出劇を今も忘れないそうだ。これだけは言っておかねば。


下の写真は会場となった初台にある「新国立劇場オペラハウス」にて。
実は今回「CONCERT」シベリウスのフィンランディアを演奏するというのでコチラを聞きに来た私であったが・・・


GR DIGITALⅢ




GR DIGITALⅢ



ところで1980年代には IJPC(イラン・ジャパン石油化学)という一大プロジェクトがまだ動いていた。
私もその末端で働いていたがこのイライラ(イランイラク)戦争のせいで仕事はたちまち没に。
グローバルな仕事はダイナミックだがいつ何が起きても不思議ではない、と知るはめに。

(*)補足。
トルコ通のウチのカミサンによると、そう簡単には結論が出なかったそうで、そりゃそうだ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた

この記事へのコメント

2011年08月24日 20:20
邦人救出の為の飛行機も手配しない日本、120年前の恩義を忘れないトルコ、政治家の資質の問題でしょうか?この事実は初めて知りました。ありがとうございます。
2011年08月24日 23:20
毎日日曜人さん、この飛行機を出す出さないで事情を知る人の発言です。
日本政府は「安全の保障がなかったから救援機は出さない」、対して
トルコ政府は「安全の保障がなかったから救援機を出す」。情けないの一言。
2012年08月21日 23:22
その頃私はまだ学生でしたがIJPCの話、覚えています。カントリーリスクなんて言葉が使われるようになったのも、この頃だったと思います。その後、大学3年の夏休み、私は当時五反田にあった甲陽建設工業という石油タンク作ってる会社でお世話になりインターンやってました。そこに勤務する大学の先輩に海外展開について質問したところ「もう大航海時代の夢みたいなもんはないよ~」と言われてしまいました。

懐かしさで長文失礼いたしました。
2012年08月22日 08:49
ひとりかもねんさん、コメントありがとうございます。
IJPCなんて古い話ですよね。でも中近東では今でも戦渦が絶えません。
それが世界に累を及び状況を混乱させる、全く油の国って厄介ですね。
海外出張こそないものの私も危ない国のプラント設計をやってました。
砂漠の仕事で知った設計条件<1日30度差の温度に耐える事>驚きました。
・・・私にとっても懐かしい昔の話です。