越後の国へ(3)

上杉謙信公ゆかりの林泉寺へ・・・

越後の国の武将といえば上杉謙信、歴史苦手の私だってこれくらいは知っている。
その程度の知識でチト恥ずかしいが興味はある。中に入るといろいろ説明していただけるそうな。
案内説明は女の方だが、驚いた、当たり前かもしれないがすごい博識、まるで歴史家。お勉強になりました。


上越市林泉寺山門。林泉寺は江戸時代に2度の火災で本堂・山門と焼失したが前の茅葺の山門は唯一免れた。



後方にある山門を見上げる。わが国の神社仏閣の建築美は曲線とその集合にある、私はそう思っている。



同じく見上げると墨で描かれた龍が威嚇の表情をしている。勿論新たに書き換えられたものだろうが迫力は充分。



越後の国はこの辺でおしまい。
他に立ち寄ったところを次回以降に・・・。


NEX-7, G-Planar 45mm / GR DIGITALⅢ

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この記事へのコメント

2013年04月09日 00:25
二枚目のカット、迫力ありますね!

上杉謙信は幼少の頃長岡市の栃尾にいたのです。
越後人にとって謙信は特別な存在で、謙信ゆかりの神社仏閣は多数存在します。
それなのに私は林泉寺に行ったことがないのです。
こんど行ってみます。
またダンさんから越後のことを教えていただきました。
ありがとうございました。
ダン
2013年04月09日 08:25
imaiさん、おはようございます。
今回またしてもいい歴史の勉強になりました。
やはり謙信公の系譜は優秀、そしてかなりの骨太だったようですね。
林泉寺のふもとはかつて京都に次ぐ人口をかかえ栄えていたのですね。
当時、越後は資源(金銀鉱脈)に恵まれ他国の武将に狙われていた。
そんな説明を受けながら新潟に豪農や神社仏閣の多さをさらに理解。
夏には例の(?)花火大会を見に行こうかと思っています。
2013年04月11日 07:58
円柱の木目が目をひきました。
ダン
2013年04月11日 11:26
デジ健さん、こんにちは。
金ぴかに塗ってなくそこそこ年季が経っているのがいいですね。

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